【105】病院と患者、あるべき保険治療のかたちとは

 日本の医療がある意味、崩壊してきていると感じます。いろいろな部門で崩壊が起きていますが、今回は多方面から掘り下げてみたいと思います。

医療従事者が医療を充実させるためには、母体である病院を存続していかねばなりません。技術や治療方針はもちろんですが、その経営もうまく回さねばなりません。これはどの業種の企業も同じことと思います。しかしほとんどの大きい病院は、そうは見えないですが、赤字で困っています。

なぜ困っているのでしょうか。まずはそれを説明したいと思います。お金のことしか考えてないのか? と必ず勘違いされるので、通常、医療従事者は経営について話したがりませんが、大切なことなので、あえて書きます。

現在の千円と明治時代の千円は、同じ価値でしょうか。明治時代の千円は今の金額に換算すると、とんでもない金額です。貨幣の価値が、時代の流れとともに下落するのは当たり前です。

私は父方の祖父と母方の祖父の両方が歯科医で「歯科医の3代目としてはサラブレッドだね」と、よくいわれます。「どの業種も、創業者の苦労を見ていない3代目にして潰れる」なんていわれますが、それでもなんとか、頑張っております。その祖父が生前、歯科の役員をしていたころのことを語ってくれたなかに、次のような話がありました。

時代から取り残される病院

 日本が国民皆保険になって、医療従事者側の収益は点数制になりました。昔は1点1銭だったそうですが、1点2銭、3銭と、1銭の価値が下落するとともに、点数の単価が上昇していきました。これは日本の経済発展と同調した展開なので、病院側の懐事情にはなんの問題もないのですが、あるとき1点10円にしようという動きがありました。私の祖父は9円99銭にしなさいと意見したそうです。当然、1銭の損をするわけですから、当時の歯科や医科の代議員(言い方は代議員ではないかもしれません)は、1点10円の案に賛成しました。

私の祖父が恐れたことは、1点10円はとても計算しやすいため、これが固定化されてしまうのではないかということでした。フィックスされることによって、医療が経済と同調しなくなって取り残されると心配したのです。結局、1点10円に固定されて何十年も経ったいま、本来であれば1点30円や40円でなければ、医療側の収益が経済の成長と同調しない(現在の経営が成り立たない)のですが、今も昔のまま1点10円です。しかし反対した当時の祖父は「おまえはバカじゃないか、なんで損をする方を選ぶんだ」と、みなに馬鹿にされたそうです。

1点10円の制度がいまも続いているために、どこの病院も赤字なのは当然のことで、赤字でない病院は、逆に不自然です。その赤字を埋めるために、皆さんご存じのように、そんなことはないと願いたいですが、必要でない薬まで処方されることがあるのではないかと疑いたくなってしまいます。

保険制度は患者さんにしたら、安上がりと感じるかもしれません。しかし医療機関を受診した帰りに、腑に落ちない気持ちを抱いたことはないでしょうか。治してほしい箇所とは違う部分の話をされたり、自分ではおかしいという感覚があるのに、担当医にはなんともないといわれてしまう。お医者さんがカルテ作成だけに集中していて、目を合わせて話を聞いてくれないとか、また何時間も待たされて、診療時間は数分で終わるなど、質ではなく数を診ようとする医師もいるようです。一番大切なことを大切にできない医療なら、保険治療をやらないほうがよいのではと思います。

さだまさしの『風に立つライオン』は大自然のなかで奮闘する医師の姿を歌っていて、聞くといつも涙があふれ、刺激をもらっています。ぜひ、この曲からあるべき医師の姿に触れてみてください。