【96】身体を慈しむ

 先日、空港のレストランでビールを頼み、食事をしました。その後、飛行機のチェックインをすませラウンジでもう一杯、フリードリンクのビールを飲みました。喉が渇いている最初の一口に飲んだのとそうでないのとでは、当然味が違うのかもしれませんが、不思議とお金を払って飲んだ前者のビールのほうが格段に美味しく感じました。厳密にいうと味は同じなのですが、それを味わう環境が違うということに気付かされました。当たり前といえば当たり前ですが、普段、そんなことにはなかなか気付かないものです。ちまたでとても美味しいと話題のレストランへ行ってみても、接客が悪いと同じものを食べてもまったく美味しく感じないのと似ているようにも感じました。

値段だけではない比較

 皆さん、今まで歯の被せ物の治療をする際に、歯科医院間で値段の比較をしたことがあるでしょうか。自由競争の社会ですから、たとえばキュウリ1本にしても、こちらの八百屋さんと隣のスーパーとで比較して、同じものであれば安いにこしたことはありません。しかし、一方は農薬使用、他方は無農薬という場合、無農薬を選択したい方は、たとえ少し値段が高くてもそれが許容範囲であるならば、その方の欲するものを選ぶのではないでしょうか。
 
歯の被せ物の治療では、被せ物の形やそれに接触する上下の歯をどこでどれだけの大きさで当てるか、顎の位置をどこで歯止めするか、顎が横に動いたときの軌道など、さまざまな目に見えないことをセラミックの歯にインストールしなければなりません。仮にセラミック歯を入れたときに、かみあわせで上下の歯がまったく当たらなければ、その歯はおそらくほぼ一生壊れることなく保たれるでしょう。部屋の角に置かれた花を活けている花瓶のように、その場に静置してあれば、地震や誰かが間違って花瓶を落とさない限り、一生壊れることはないのです。しかし、その歯に顎の位置を歯止めし、身体を歯止めするという機能が必要な場合、その機能をもたないセラミック歯を入れることで病気や身体の不調がでてしまうのなら、値段以外の点でなにがよいのかを考えなければなりません。そもそも花瓶と違い、咬むたびに毎回コンコンと咬み合う歯がカナヅチのようにその歯を叩いているわけですから、壊れやすいのも致し方ないわけです。
 
つまり、機能させると壊れやすいという不条理が生まれてしまうのです。自分の天然の歯でも壊れてしまうのですから、人工的に作ったセラミック歯が天然の歯に勝ることはないのです。
 
また、たとえば、ハイスピードでコーナーを回るレーシングカーが装着するタイヤとファミリーカーのタイヤとでは、同じ材質であっても形や性能が違うことは当然ですが、その耐久性も違い、過酷な環境で使われるレーシングカーのタイヤはピットで交換をしなければ最大限のパフォーマンス(コーナーをハイスピードで曲がる)を続けることはできません。健康のありがたさも、いざ病気になったときに思い知らされることが多いですが、普段から健康を意識し、身体に感謝する想いやメインテナンスの時間を取ることは大切だと思います。
 
特に、固い物を咬むときに食べ物を細かくし、第一段階の消化の手助けをする奥歯は、普段意識することなく、あまり見ることはありませんが、悲鳴をあげているかもしれません。歯をはじめ、身体の全細胞に対し慈しむ思いをもてば、健康を持続できるのではないでしょうか。既に治療してある歯を含め再び歯の治療をしなくてよいように、その方の環境によりますが、3カ月から半年に1回は口腔内のチェックを入れるとよいでしょう。『虫歯から始まる全身の病気』という本で述べられていますが、すべての病気はお口から始まります。食べ物の選択と口腔内管理をしっかりしたいものです。