[111] 口は第一番目の消化器官

 この原稿は8月の初めが締め切りですから、いまはオリンピックの真っ最中。コロナ禍のオリンピックの開催の是非については、いろいろな考え方がありましたが、やはり世界の選手が集うスポーツを見ていると、とても感動します。また身体の鍛錬だけでなく、心の持ち方でも結果が変わってしまうことにも気づかされます。「いまできることを精一杯、この瞬間に出し切る」という気持ちのあり方が、スポーツだけでなく、どんなことにおいても大切と感じました。まさしく、「いまを生きる」ということなのでしょう。以前、座禅をしていた際に教わった「只管打坐※」の言葉を思い出します。

健やかな歯の重要性

 オリンピックのコーチは、選手のメンタルを判断するのに、アスリートの姿勢、すなわち胸の位置を確認するといいます。胸の位置が1mmでも下がっていれば、その選手にマイナス思考が働いていることが推測でき、また呼吸がしづらくなっているとも考えられるのです。そのまま酸素をうまく体内に取り込めなければ、マイナス思考と身体の酸欠という悪循環に陥ってしまいます。そんなときには、少し上を向いて酸素を取り込み、ポジティブな思考へと切り替える必要があるのです。今回のオリンピックでは、それぞれの選手が精一杯の練習を積んで、体力をつけて臨んでいると思います。しかし、その瞬間にすべてを出し切れるコンディションにもっていくには、培った技術や体力とは違った〝要素〟が必要となるわけです。われわれの経験で、わかりやすいたとえがあるとしたら、しっかり勉強してテストに備えていたのに、前日に眠ることができず、当日は頭が真っ白という具合です。私たち医師が患者さんを診療する際もそうですが、やはり心と身体の両面をよい状態にして臨まないといけません。    姿勢に関していえば、歯の噛み合わせがうまく合っていなかったり、かみ合わせが低かったりすることで、姿勢が変わってしまいます。また左右の噛み合わせのバランスは、呼吸をした際の左右の鼻の中を通る空気の量とも関係してきます。くわえて身体に力を入れるときに歯を食いしばる瞬間がありますが、どの位置で食いしばれるかで身体への力の伝わり方が変わりますから、ここでも歯の役割が重要です。
 私の恩師が歯科医師に対する講義のなかで「総合病院の院長は歯科医師がおこなうべきである」と話したことがありました。私はその話を聞いたとき、その先生はだいぶ高齢だったので、少し呆けてしまったのではないかと心配しましたが、いまではその言葉の意味がわかります。あのとき、身体にとってどれだけ歯が大切なのかを教えたかったのだと実感しています。   
歯肉炎や歯周病、虫歯がないことで、「感染」を防止できること。また歯の噛み合わせをしっかり保つことで、「姿勢」も保持できます。そして正しく食べものを選択し、正しく栄養を摂ることで、健康を維持できる。発生学的に考えると、「心」の健康を保つためには「腸」を健康に保つ必要があって、そのためには第一番目の消化器官である口の役目は、とても大切なのです。しかし本能的に、いちばん身体の中で触られたくない場所は、歯なのではないでしょうか。それは無意識のうちに、口の中は神域と感じているからかもしれません。また歯を治療する際には、患者さんと会話をしながら進めることが困難なため、限られた時間で信頼関係を築くことは難しいのです。                                                      
 当医院では保険診療は実施していませんが、病院の中で他の患者さんと顔を合わせることがないよう、完全予約制としています。また充分な時間をご用意することで、患者さんと向き合える治療を心がけておりますので、ぜひ気軽にご相談ください。