自然治癒力をもった小宇宙人体と齒 (院長の独り言)

87一歩、踏み出す

飲み会に参加するなかで
 霊長類でもっとも進化しているヒトがたべるものは、本来は完全植物性のものであるという考え方があります。人間は火を使って調理をしたりして、いろいろな食物を食べるように進化したといわれますが、考えようによっては、それは退化なのかもしれません。

さまざまな人間が集まるなかで、ヒトと短時間により深く知り合うためのツールとして、お酒があります。飲み会で気持ちよくほろ酔いになると、お酒の力をかりて、そのときの気持ちに素直にいろいろな話をできるようになります。そして相手と短時間に仲良くなることができます。相手に嫌なことを言われても、いつもより流せる自分がいたりします。

しかし、飲み会の席で食べ物をオーダーするときは、なかなか植物性のものだけというわけにはいきません。油や食材の安全性の心配もあります。本誌の読者のなかには、同じように困ったことのある方が多いのではないかと思います。そんなときに私はミドリムシやブロッコリーの成分のサプリメントを摂って、飲み会へ臨んでいます。また、雰囲気を壊さずにできるのであれば、お酒の酸性をアルカリ性に変えてくれるケイ素を入れて飲むこともお薦めです。もしそのようなことができない環境であれば、一番大切なことは食べたものをなるべく長くお口の中で唾液と触れ合わせることです。よくかむということです。仮に発がん物質であっても、唾液と混ぜ合わせることで発がん性がかなり抑えられるというデータがあります。

その場その場で相手にあわせて臨機応変に振る舞うのはとても難しいものです。自分を主張し「私はこうなのです」と断言した方が楽かもしれません。どちらの生き方を選択するかは本人次第ですが、精神的にも肉体的にも人それぞれ負担の少ないほうが、楽な人生を送れるのではないかと思います。どちらも選べない場合には、その場を楽しんで心地良く過ごせたら、なにを食べてもなにを飲んでも身体に悪い物は存在しない、という究極の考え方も実はあります。

自分を変える必要性
 最近、禁酒をしながら飲み会を楽しむこともあります。いろいろな場面でちょっと枠からでてみるということがとても大切なように思うからです。嫌いな人とはあまり一緒にいたくないと、本能で拒否する自分がいますが、いつまでもそのままだと自分を変えることはできません。変える必要がないという考え方もあるかもしれません。しかし、自分を見るということが世の中のなにを見ることより難しいといわれます。また、今の自分の周りにある状況は自分が作り出したものだと素直に考えると、自分を変える必要性が少し見つかるかもしれません。

少ないながらも自分の経験から考えると、人生の変換をもたらすような大事なことは、嫌いな人からつながることが多かったと感じます。ほんのちょっと枠を越えて、もしくは自分を壊してみることが、新しい人や物との出会いになるのではないかと思います。本当は好きとか嫌いとかの判断をしないのが一番良いのでしょうが、悟りを開いたような人でも好き嫌いの判断をしてしまう場面があるのではないかと思います。

安定を求めるのはとても楽です。安定していつも同じ状態は、刺激がないために心は傷つかないのですが、前述のように考えるならば、不安定さを求めるべく、一瞬一瞬を大切に刺激的に生きるということが大切なのではないでしょうか。

新しい事を始めるときや自分の枠を外すときは不安が必ずついて回りますが、慎重にさらなる一歩踏み出してみてはいかがでしょうか。どんなことでも一生懸命に進めば必ず結果がついてくるだろうことを信じて。

86見えないものを感じる

 前回、前々回は呼吸や気についてお話ししました。気のエネルギーは注意深くしていると熱気があったりビリビリとした感覚で伝わりますが、ほとんど目には見えません。そのため、感覚で伝わらないとなにも変化がないことになってしまいます。そういう意味では受け手側の感度が大変重要です。

目に見えないことの大切さ
世の中のいろいろな場面においても、実は目に見えることよりも見えないことのほうがとても大切で、そこに真理が隠されているように思います。

たとえば、歯の治療もそうです。最近ではお口の中にある金属は排除したほうが良いというのが一般的な傾向です。これは重金属イオンの流出ということにおいていわれています。しかし実は、詰め物をはずした瞬間にかみ合わせの位置が変わり、顎の位置が変わってしまい、治療をしたことで身体の調子が悪くなる可能性もあるのです。お口の中に入った詰め物や歯は外から見ることができますが、顎の位置やかみ合わせは目に見えません。

人の心遣いもそうです。「配慮」という言葉のうらには、その人が相手の想いを察し、その人のために行動するというエネルギーが動くわけです。これも目に見えず、感じることで気づくものですが、感じようとする五感が鈍いと気づけません。

今、一番必要な体験とは
いろいろな場面で瞬時に物事を理解するためには、知識が多いほどよいように思われます。しかし、パソコンやスマホで調べればいつでも答えが出てくる現代において、知識はそんなに必要ではなく、一番大切なことは小さいころから五感や第六感という感覚を鍛えるということなのではないかと思います。

ところが、最近は子どもの遊ぶ場所が少なくなってきています。数少ない公園では、ジャングルジムがなくなったり、ボール遊びが禁止されたりすることが多くなっています。ジャングルジムは身体の立体感覚を認識でき、この幅は身体が通るかとか、ここを通るためにはどのような身体の使い方をしたら良いかなどの経験ができるのです。仮に落ちて怪我をしても経験値は一つ上がるはずです。本当はそういう試行錯誤が、今一番必要なことなのではないでしょうか。

先日、人工知能(AI)と人間を比較検討するテレビ番組がありました。
その番組によると、マイクロソフトに勤めているデジタルを使いこなす人たちの一部は、デジタル機器を一切使用しない学校に子どもを通学させているそうです。なぜなら、人間が一番大切なもの、AIが取って代われないものとは、小さいころの実体験や痛み、人と人とのコミュニケーションのなかで感情のわずかな動きを感じ取り、それに適した言葉を相手に伝えるような、先述の「配慮」に相当する部分にあるからだそうです。実はこれも、目に見えないものなのです。

コンピューターが進化した現在において、子どもだけでなくわれわれ大人も含め、人間は今まで以上にデジタルを知り、使いこなさなければならない一方で、デジタルでは体験できない実体験からくる感情の変化なども体験する必要があるのです。人生におけるいろいろな経験が、すべてそうやって活かされるのだと思います。

私は昭和の人間なので、昭和、平成、令和と時代が変わるなかで、時代ごとの環境の変化に応じて、今まで正しいとされていたことが正しくないとされたり、逆に今まで間違っているとされていた考え方が正しいとされるようになったりということを見てきました。今、その場その場でなにが一番よいことなのかを考えることが大切な時代になってきたと思います。考え方にフレキシビリティーが必要なのが、これからの時代なのではないでしょうか。

85遠隔治療(気)

気を感じる実体験
 気は、呼吸に意識を集中することで膨らませることができます。呼吸を深め、気を膨らましてその焦点を人に向けると、不思議とその人はなにかを感じます。どれくらいの距離まで感じられるかを実験してみますと、距離は関係ないという結果が得られました。なんで? と思うのですが、実際そうなるのです。その人との間にコンクリートの壁などの障害物があっても感じられます。おそらく相手がどこにいても届くということがわかり、これが遠隔治療の基本なんだと気づきましたし、実体験できました。

その実験をしたときの自分は、たまたま徹底して動物性の物は食べず半断食状態で、薄暗くすると、その人の背後にあるオーラの色がわかりました。人は環境によってこんなにもかわるのだなと思った瞬間でした。

この実体験がないときは、そういう技術を教わって同じことをしていても、心のどこかに本当に伝わっているのかという不安がありましたが、今では絶対に伝わっていると確信できるのです。

さらに知識の裏打ちとして、光よりも伝達速度が速い「量子もつれ」ということを科学者に教わりました。ウィキペディアで調べますと、量子もつれの応用という部分で「量子もつれを利用すると、様々な量子情報的なタスクを行うことができる。代表的な例が、量子テレポーテーション、スーパーデンス・コーディングである。量子テレポーテーションは、量子もつれと(2ビットの)古典情報の通信を用いて離れた場所に(1量子ビットの)量子状態を転送するタスクである。逆に、スーパーデンス・コーディングは、量子もつれと1量子ビットの通信を用いて2ビットの古典情報を離れた場所に転送するタスクである」とあります。

医療の最先端と基本
 先日、遠隔治療器を開発された台湾のドクタールー先生にお会いする機会を得ました。お会いしたとき、ただ者ならぬ風貌に、この人は宇宙人だと思いました。明らかに身体のバランスや顔かたちが特徴的で、信じざるを得ないエネルギーを感じたのです。信じざるを得ないと書きましたが、私は目に見えないものは自分が感じるまでは信じられないので、最初は疑ってかかります。多分みなさんも同じではないでしょうか。

ドクタールー先生は腕時計をつけていたのですが、その腕時計が、身体の情報を読み込み、検査し、修正波動を出し治療してしまうという量子機器なのです。ここまでで読者は半分くらいになっているかもしれませんが、私が勉強させていただいている所でも、既にそのような機器が存在していましたので、私の固い頭でも何の抵抗もなく納得できたわけです。

遠隔治療の世界の第一人者はいろいろ考えて機器を開発しているのですが、その仕組みや効果を信じる人はまだ少なく、限られた人にしか治療をできないのが難点です。もっと情報が広がり、難症で困っている方のお手伝いができたならよいなと感じています。私は歯科医ですので、歯を治療し、かみあわせを構築するときに、それを持っているだけで身体が整う方向に向かってくれれば、そんなに良いことはありません。このような治療機器を併用することは、最善医療のために大切だと考えています。また、もっと大切なのは、前述の遠隔治療もそうですが、昔からある、病でどうすることもできないときに「ただ祈る」ということや、患部に手を当てて「手当をする」ということが医療の根源なのだと再認識しました。最先端の医療も大切ですが、基本はもっと大切なのだと思っています。

84「気」について考える

 往々にして人は目に見えるものから情報を得ることが多く、見たもののほうが理解しやすく受け入れやすい傾向にあります。見えないものは触ったり臭ったりと視覚以外の五感や、第六感と呼ばれる感覚に頼る必要があるため、感じ方には個人差があります。その代表的ものに「気」があります。
「気」がつく言葉をいくつか挙げてみますと、病気、寒気、雰囲気、悪気、活気、換気、狂気、景気、邪気、元気、電気、磁気、空気、天気、気配、などがあります。また、対人的に「気が合う」「気が合わない」とか、感情的に「気持ちが良い」など、「気」を使った言い回しもさまざまです。

 「病気」は「気が病む」と書きます。反対に「元気」は「気が元に戻る」と書きます。「気」の状態で病気になったり元気になったりするわけですが、「気」とはなんでしょうか。調べてみると、「気(き、KI、Qi)とは、中国思想や道教や中医学(漢方医学)などの用語の一つで、 一般的に気は不可視であり、流動的で運動し、作用をおこすとされている。 しかし、気は凝固して可視的な物質となり、万物を構成する要素と定義する解釈もある。 宇宙生成論や存在論でも論じられた(ウィキペディアより)」とあります。

「氣」と「歯」
「気」の旧字を調べると「氣」という字がでてきます。この字の中には「米」という字があります。「米」は四方八方に向かってエネルギーを放出するような形の字です。実は、われわれ歯科医の専門である「歯」という字の中にも「米」があります。「氣」と「歯」には、何か関係があるのかもしれません。考えてみると、食べ物のエネルギーを吸収するために最初にすることは、歯で噛むことです。そして、日本人の主食は米であり、特に玄米は完全栄養食といわれています。こういったところに、「米」の字が使われる関係性があるのかもしれません。

気」のコントロール
「気」は、出したり引っ込めたり、膨らませたり減らしたりして、コントロールできます。それは、呼吸を意識することから始まるのだと思います。呼吸は空気を動かすことから始まります。そのときの意識の焦点が大切です。瞑想も呼吸を意識するという点で同じですが、一日一回、あえて呼吸を意識する時間を作ると、どんな状態でも気を元に戻すことができて、頭のなかがすっきりしてきます。

 毎朝の通勤に私は自転車を利用しているのですが、その途中の長い上り坂の下にある信号でいつも一緒になる、電動自転車に乗ったおばさんがいます。彼女はいつも自転車に子どもを乗せており、電動自転車とはいえ重そうです。そして、おそらく彼女は気づいていないと思いますが、私は毎朝ひそかにその長くてきつい上り坂をどちらが早く上れるか、彼女と勝負しています。
彼女のことをおばさんといいながら、こちらもおじさんです。前日の夜が遅かったり、朝寝坊したり、体調が悪く坂の途中で呼吸が乱れるような状態だと、その電動自転車は子どもを乗せているにもかかわらず、スイスイと私から離れていってしまいます。しかし、坂の下で気合いを入れていこうと「気」を注入すると、私のほうが早かったりもします。毎回「気」をコンスタントに入れられる状態を自分で作ることは難しいなと感じます。感情や肉体的な問題など、いろいろなものが邪魔をしてくるのですが、呼吸を見つめる一瞬をその場ごとに作ることができれば、どんな状態であったとしても、良い結果を導くことができるのではないかと感じています。

 大事な場面の直前に深呼吸するなど、日ごろ当たり前にしている呼吸というものを見つめ直すことで、違った方向に人生が動くのかもしれません。

83直感が導くもの

 前回、「自然と同調する波長(無意識の選択)」というテーマで、「直感」について自分の感じていることをお話ししました。今回はその続きとなる話をしたいと思います。

正しい情報、必要な情報の選択
現代社会は今までになかったほどに、物事の進み方や情報の伝わり方など、何事においても劇的にスピードが速くなっています。

わかりやすい例としては、インターネットの利用で情報が全世界に一瞬で到達してしまうことが挙げられます。そしてこれは正しい情報のときには良いのですが、間違った情報が広まってしまうと、世の中がその情報を基に一変してしまう恐れがありますし、その間違った情報を正しい情報に訂正することは容易ではありません。事実、私の友人に、根も葉もない情報をネット上で流され、その情報が世の中の人に本当のことのように思われ続けているという人がいます。しかもその間違った情報はずっとネット上に残ってしまっています。

すべてがスピードアップしていくなかで、人と人とのコミュニケーションの方法も少しずつ変わってきているように思えます。ビジネスのセオリーも変化しているのではないでしょうか。

また、テレビをつけると、心地よいと感じる話や、うれしいと思えるようなポジティブなニュースが少ないことに気づきます。情報入力の媒体や方法に注意しないと、殺人であったり何かの事件であったり、暗い話や嫌なニュースをいつも目にしてしまう恐れがあります。ネガティブな情報を入れ続けると受け手は必然的にネガティブになってしまいます。

たくさんの情報があるなかで、本当に正しい情報を選別できる判断力を身につけておくことは、現代を生きるうえで一番大切なことかもしれません。

無意識の直感による判断
今回の話を書く際に、ジャーナリストの竹村健一氏が語ったといわれる「マスコミが、芸能ネタなりスキャンダル事件を連日連夜、執拗に報道しているときは注意しなさい。国民に知られたくないことが必ず裏で起きている。そういうときこそ、新聞の隅から隅まで目を凝らし、小さな小さな記事のなかから真実を探り出しなさい」という言葉を思い出しました。

情報を操り、人々の関心を集め、世の中の風潮を変えたり経済を動かしたりする人たちがいるわけですが、それに対して、その情報が自分にとって必要か否かを瞬時に判断し、必要であれば適切にアプローチできるかは、自分を瞬時に客観視できるかどうかで決まるのではないでしょうか。どんなときも自分の立ち位置を理解し、いつでも心との対話ができる練習をしておくことが大切です。そして、必要のない情報は自分に取り込まないようにすることも大事なのです。

私は以前、スピリチュアルの世界でよりどころとしての神を探し求めていた時期がありましたが、ある人の「神と人間の距離とは、その人間の自分自身との隔たりと同じなのです」という言葉で、それは求めればいつもすぐそばに現れるということがわかりました。

また、アルバート・アインシュタインの言葉に、「心は、心が知っている分だけ前に進むことができ、また、それを証明することもできる。しかし、心が大きく飛躍するときがある。それを直感とでも呼ぼう。そのとき、人は一段高い知識レベルに上がるのである」というものがあったと記憶しています。

今を正直に精一杯生き、さらには自分自身と対話することができれば、第六感ともいわれる直感が自然と導いてくれるのではないでしょうか。どんな瞬間も、無意識に直感が働いていて、ファーストインプレッションによる判断がされているのです。

82自然と同調する波長 (無意識の選択)

 昨年は映画やお芝居、音楽などを幾度か鑑賞する機会に恵まれました。映像や音楽、物語は人が作り出したものですが、同じものを同じ空間で見ても、心動かされる箇所は人それぞれでしょう。人は生まれる前から、いろいろな経験を通して学びを得ています。ときには嫌な経験でトラウマをもつこともあるでしょう。それらは十人十色、千差万別で、人が良いと思うことと自分が良いということはまったく別なのかもしれません。
 たとえば、初めて行くオフィスビルのトイレに入り、どの便器で用を足すか、温泉やフィットネスクラブ、銭湯でどのシャワーブースで身体を洗うかなど、おそらく空間の中でここにいると落ち着くという場所、つまり今の自分の状態にあった場所(雰囲気)を無意識に選んでいるのだと思います。
 人間の細胞や臓器にはそれぞれに決まった波長(振動数)があり、弱っている箇所や具合の悪い所は、本来の振動数に共鳴させると状態が良くなり、回復が見られると波動医療※ではいわれています。音楽の音階や音色、美術の色彩、前述の場所選びなども、実は、今の自分を補正してくれるものを知らないうちに欲しているのでしょう。人は無意識の感覚で、今の自分が自然と同調するための周波数を選んでいるのかもしれません。私たち人間は自然の一部です。自然と同調することで身体は癒やされるのです。心癒やされる美しいピアノの演奏に感動したとき、あるアーティストに夢中になるとき、自分の弱っているところに必要な波長(振動数)を持った作品や人を選んでいるのかもしれません。好きとか嫌いとかではなく、もっと深いところで共鳴しているのです。
 また、これは異性関係や食べ物にもいえます。だれかを見た瞬間にポッと一目惚れをしてしまうことや、今日は無性にこれが食べたいということも、もしかしたら無意識の感覚なのかもしれません。テレビやメディアでなにかの食品が身体にいいと取り上げられると、スーパーから一時その食品が売り切れるほど世の中の多くの人が飛びつきます。しかし、本当にそれがあなたに必要かどうかということは、別問題です。「右と左どっちにする?」といった、習慣やなんとなく決めていると思っていた選択も、本当は身体が無意識の感覚で選んでいて、どちらを選ぶかは最初から決まっていたことなのかもしれません。

28本の歯で噛むこと
噛むことは叩くことに似ていて、噛むと歯や顎、脳を振動させることができます。また、歯は顎関節からの距離、大きさや形態の違いにより、それぞれ固有の振動数をもっています。食べ物を口に入れたとき、身体が食べ物の大きさや固さを瞬時に判断し、どの場所で噛みたいと感じるか。それは、その振動により身体の歪みを解消させようと無意識に試みているのかもしれません。

人間の歯は親知らずを除くと全部で28本です。これらすべての歯が使えること、機能すること、噛めることで初めて調和がとれるのです。矯正や虫歯、歯周病、事故などでやむを得ず歯を抜かなければいけないこともあるでしょう。前号でお話ししましたが、歯の根の先に病巣があり、そこから全身に細菌が回ってしまう危険性があって、早急な処置が必要な場合もあります。しかし、あなたの生まれ持ったポテンシャルは歯が28本であるということです。お子さんのいらっしゃる方は、自分自身のことはもちろん、まずはあなたのお子さんの小さくてかわいらしく神々しい乳歯が初めて顔を出したときから、歯を大切にしていくべきでしょう。

人工的でない自然な食べ物の選択と、自然と同調する環境は、歯ブラシよりも歯を守る必須アイテムになるのではないでしょうか。

81お口と身体のつながり

「お口は健康の入り口である」と、以前、お話ししたことがあります。
人間にとって、感情を言葉に現し、栄養を取り入れる入口であるお口。
その健康を維持することは、身体全体の健康を手に入れることに繋がります。

お口の中の環境をいつも綺麗に、そして、虫歯や歯周病などがないよう整えておくことはもちろん、歯の根の中にある炎症も注意が必要です。
自覚はなくても膿んだり感染したりすることにより、細菌が血管を通って身体中に回ってしまうことがあります。
外からは見えない神経を取った歯の根の先にも炎症がないかどうか、定期的にチェックしておくことが必要です。
赤ちゃんを望む女性、妊娠する可能性がある女性は、特に注意が必要です。
まだ妊娠が確認できない時期でも、赤ちゃんの乳歯の大元は歯を作り始めているのです。
歯牙を構成する歯周組織は、お母さんのお腹の中の胎児の段階から成長を始めて、乳歯では胎生6週から、また永久歯では胎生20週目位から発生を始めます。
妊娠初期には、つわりなどの影響で歯磨きがしづらかったり、ホルモンの変化により歯茎から出血しやすくなったりしますが、放置せず歯周病にならないようにしなくてはいけません。
そのような大事な時期に母親が歯周病菌に感染していたり、胎盤を通過するトランス脂肪酸などを多く含む食品を食べたりしていると、その後、さまざまな問題が出てくる場合があります。
 歯科的には妊娠初期には虫歯の治療も限られたものしかできません。
麻酔などの薬剤も極力使用しない方がよいと考えるからです。
そのため妊娠する前から栄養を整え準備をする必要があります。
バランスを見ながら治療をおこなうことになります。
また、妊婦さんの姿勢や生活習慣、感情の変化などが、胎児の位置や状態と関係していることをご存じでしょうか。
食事内容とともに配慮して、大切に過ごす必要があるでしょう。
妊婦さんが歯周病になると、早産を起こしやすくなったり、低体重児が生まれる割合が高くなるといわれています。
通常、出産が近くなると子宮でプロスタグランジンという物質が分泌されることで分娩が始まりますが、歯周病で炎症が拡がると、抑制するために同じ物質が作られてしまうからです。

歯周病だから糖尿病?糖尿病だから歯周病?
もう一つ、歯周病と糖尿病の関係についても触れておかなくてはなりません。
一見、歯周病と糖尿病はまったく関係ない病気のように思われるかもしれませんが、歯周病は以前から、糖尿病の合併症の一つといわれてきました。
実際に歯肉炎や歯周炎を起こしている方には糖尿病の割合が多いという調査結果があります。
そして、逆に歯周病になると糖尿病が悪化するというデータもあることから、双方の改善を図ることが必要です。

また、口腔内からの感染がある場合には、心臓の弁や腎臓、血管内の動脈硬化のプラーク※など、口腔内細菌が身体中に飛び火していることが明らかになってきています。

歯の治療やメンテナンスは後回しにされがちですが、こういったことからも、すべての病気を治すためには、まずは歯の感染をなくすことが大切であると、最近は考えられるようになってきています。
大きな病院では入院の前に、まずは歯を治療をしておくようにといわれるような時代に入ってきています。
歯を定期的にチェックして洗浄することは、他の病気の発生のきっかけをもなくし、健康を維持するために必要なことなのです。

80食生活と人間

 歯科では妊娠中の妊婦さんから赤ちゃん乳幼児、小学生、中学生、高校生、大学生、成人、社会人、壮年期、老人、介護を必要としている方、など人の生まれる前から亡くなるまですべての人の場面に接触します。ただ歯科医院に来院されるきっかけは虫歯や歯茎のトラブルである歯周病、また顎の痛みやお口が開かないなどの顎関節症などの何かしらの症状がでたことがきっかけとなります。今の科学では虫歯は歯の汚れからミュータンス菌が菌体外毒素を出し、その成分が酸性なため歯が溶け出すのだというものや、歯茎の中に歯周病菌が入り歯周病になること、また歯のかみあわせが狂ってしまったためにお口が開かなくなるということなどが言われていますが、実はその本当の原因には見えないかみ合わせの力が働いているのです。接触する歯の部分に食べかすは常時同じようにあるのに、接触する手前の歯は虫歯なのに後ろ側の歯は虫歯で無いということが臨床ではよくあることです。どうしてそのような差がでるのでしょうか。歯周病も同じで、歯の周りが同じように汚れているのに健全な歯と歯周病になってしまう歯があるのです。顎関節症も噛み合わせになんら問題の無いケースも増えてきています。その本当の原因のかみあわせの力を狂わせる要因として、もっと大きな視点で考えると実は本当の原因は「食」と「環境」にあるのです。
1920年代アメリカのプライス博士が世界中の部落で、そこに住む人の歯を調査した貴重な文献があります。歯医者がいない山奥の部落でも、その場でとれる物を加工をしないで食べている部族には、虫歯も歯列不正もなく健康であるのに対し、近代食を取り入れ加工食を食べるようになった部族は虫歯が多くなり顎も細く歯列不正が多くなるというデータがあります。
日本では、昭和初期の食べる物があまりなく加工食品も無い時代の方が、平均寿命は短かったかもしれませんが、肉体精神ともに健康であったのではないでしょうか。昨今、コンビニやファーストフードで便利さを追求したための弊害により、虫歯や歯周病、顎関節症がおきていると言えるかもしれません。
 そのような背景からも歯科では食事指導をさせて頂くことが多く、特に現在少子化と言われていますが妊婦になる前から食事を見直しておく必要があることをお話しなければなりません。妊娠する前からのマイナス1歳からの食生活としてはトランス脂肪酸の問題を挙げておきたいと思います。既にトランス脂肪酸の害はご存じかもしれませんが、トランス脂肪酸は蓄積性が有り、ハーバード大学の資料ではLDLコレステロールを増加させ、HDLコレステロールの減少、血栓の形成促進や妊婦で一番問題な子癇前症(妊娠中に高血圧やタンパク尿を特徴とする疾患)のリスクの上昇(トランス脂肪酸は胎盤を通過するため)、Ⅱ型の糖尿病に成りやすくなるなど、その他たくさんの問題があります。代表作はマーガリンで、今でも学校給食にもでているかもしれません。トランス脂肪酸は先進国では規制が始まっていますが、日本はまだ規制不要という立場であるようです。世界保健機関のWHOからはトランス脂肪酸を2023年までに世界の食品から一掃することを目指す段階的な戦略が発表されていますが、どんな種のことでも日本は規制が10年遅いといわれており、自主的にチェックしてなるべくそのような食品は摂らないようにしなければなりません。
 人は一度美味しい物を知ってしまうと、それを食べないでいるということは、なかなか出来ないものです。でも安価で健康を害するものを食べ続けるのは如何なものでしょうか。
加工食は食べない方がよいですし、中でもトランス脂肪酸が添加されると人は美味しいと感じてしまいます。自分たちで気をつけられることとすれば、植物油脂やショートニングなどの表示には注意し、自らが取り入れる油を正しく選択する必要があります。

79当たり前のポジショニング

 現代の自動車はとても精巧でさまざまな機能がついており、快適に運転することができます。
壊れることもほとんどなく、良い状態でいつも安定しています。

若い世代の方は、車に興味がなくなってきていると聞きますが、本当なのでしょうか。
もしそうだとしたら、車よりなにか夢中になるものがあるのでしょう。
私はスーパーカー世代ですから、周りをみてもやはり車好きが多いようです。

「安定」は求めないほうがいい?
車は経済面や効率を考えると、何年かおきに買い替えていくほうがいいのでしょう。
しかし、私はどうしても今乗っている車が好きで、修理をしながら20年以上も乗り続けています。

そんな私の車は、実は、いつ停まるかわかりませんし、エアコンをつけても効いたり効かなかったり、音楽を聴いても同じところを流れたりと、なかなか自分の思う通りに動きません。
でも、それが当たり前という感じで捉えているので、「また来たか」くらいであまり打撃を受けません(かなり忍耐強いようです)。
うまくエアコンが効き音楽が自然に流れていると、とてもラッキーだと感じ気持ちよくなります。

車は快適なほうがいいに決まっていますし、車がいつも安定していれば心配をしないですみ、もっと有意義に時間を過ごせます。
しかし、いつも車が安定していて快適である状態に慣れてしまうと、ちょっと調子がおかしくなると不快でたまらなくなります。

これは心の焦点の問題です。
人生も同じで、「日常」が安定しているとそれが当たり前になります。
しかし、突然くる刺激にはとても弱い自分がいることに気づきます。

なにを言いたいかというと、心というものは、ある意味いつも安定を求めないほうがよく、またある意味では安定を求めたほうがよい。
すべてが当たり前にならないということが、とても大切であると感じます。
安定を求めると、そうでないときには不幸を感じてしまいます。
一番良いのは安定がありながらも、不安定に対応する心持ちをしておくということでしょうか。

習慣も安定です。
いつも同じことをしていると生活のなかにパターンができます。
たとえば、同じパターンで行動する人がいると、周りの人はこの人はそうするだろうという予測ができます。
その予測通りに行動がされれば周りの人は順調で幸せですが、違う行動をされれば、勝手なもので、ちょっと不快になったりトラブルを発生させたりします。

人生を楽しむには
どんな状況にもフレキシブルに対応できるようになると、人生の幅が拡がり、なにが起きても動じなくなります。
上がったり下がったりジェットコースターのような感情もある意味必要ですが、余計な心配事が増えてしまいます。
周りの状況に左右されない、強くて柔軟な心を養うことが、大切なのではないでしょうか。

現代の生活はいつも快適で安定しています。
それに慣れてしまったとき、私は自分に刺激を与えています。
たとえば、食事を抜いてみたり、水に潜り空気のありがたみを感じてみたり、いつも自転車で行くところを歩いてみたりします。
そんなとき、普段は気づかなかった身体の変化や気持ちの動きを感じることができ、安定した生活にありがたみを感じます。
目の前にたくさんのありがたみが現れれば、とても幸せに感じられるのではないでしょうか。

いろいろな環境に対応できる自分を作り、当たり前を変えてみることができれば、楽しいことが増えるはずです。
今悩んでいることも、実はたいしたことではないかもしれません。
もし不快、不安に感じることがあれば、一度、「当たり前」を少し捨ててみるのもいいのかもしれません。

78慈光

 遠方へ旅をしたり、場所を移動したりするために、飛行機を利用される方は多いのではないでしょうか。
私は最近はあまり利用しなくなりましたが、以前は年間に何十回、毎週のように飛行機を利用していました。
そんなヘビーユーザーとして、飛行機についての思い出や、考えさせられたことがいくつかあります。

貸し切りの飛行機
めずらしい思い出は、冬のとても寒い雪の日に、秋田から大阪へ勉強会に参加するために飛行機に搭乗したとき。
なんと、お客さんは私一人だけということが1回だけありました。
ジャンボジェットのような大きな飛行機ではありませんでしたが、プロペラ機の50人乗りで、私一人の貸し切り状態。
とても恥ずかしいやら、申し訳ないやら、非常に複雑な気持ちで搭乗したことがあります。
私一人のためにこの飛行機が運航し、CAさんやパイロットさんが飛行機を飛ばしてくれているかと思うと、なんだか申し訳ない。
いっそのこと欠航にしてくれればよいのにと思っていましたが、CAさんのお話だと、やはりその後のスケジュールの関係で、大阪についてからも他の地へ飛ばなければならないので、ご心配無用ですとのことでしたので、一安心。

とはいえ、通常は飲み物を用意したり緊急時の説明をしたり、数名のCAさんが機内全体を見回っていらっしゃるところ、私しかお客さんがいないため、CAさんが私の周りだけを頻繁に交互に行き交う感じで、こっぱずかしい思いをしました。
まぁ、よくいえば飛行機をプライベートジェット以外で貸し切るという、貴重で素晴らしい体験となりました。

見えなくても太陽は
いつもあなたを照らしている

また、飛行機を利用すると、いつも考えさせられることがあります。
それは飛行機に乗るときに、地上では雨や雪であっても、上空にいくにつれ、雲の中を上昇していくと、必ず青天の空を飛んでいるということです。
着陸態勢になり、高度を低くすると、また雲の中を下降し天気が悪くなるのです。
そんな体験を何度か繰り返すうちに気づいたのは、「青天の太陽はどんなときでも、いつも私を照らしてくれているんだ」ということです。
雲というフィルターがあるために、天気が悪いとか憂鬱だとか感じてしまうことがありますが、太陽はそんなときでも、私たちをいつも照らしてくれているのです。

人はいろいろな場面でフィルターを勝手に作り出し、言い訳やできない理由を用意しようとするのですが、そんなことはもう必要ないのです。
私は、いやあなたはすでに成功しているのだから。
「私は成功していないですよ」とおっしゃる方がおられるかもしれませんが、あなたがすでにここにいらっしゃるということ自体が成功なのです。
お母さんのお腹の中で、受精の瞬間に、1つの卵子に向かって何億という精子が戦い、そのなかのたった1つが受精した結果、あなたがいるのですから。
あなたは過去に一度、成功を体験しているのです。
何も心配することはないのです。

今、いろいろな不安や苦悩、苦しみのなかで、この文章を読まれている方もいらっしゃるかもしれませんが、太陽はいつもあなたを照らしているのです。
神様はいつも見守ってくれているのです。

インドの生き神様にお会いした話を以前にもしましたが、その方はいつもおっしゃっていました。

「If you look at me, I look at you.」
「あなたが私を探すとき、私はあなたを見ていますよ」ということ。

そう、あなたは決してひとりではないのですから。